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平成24年7月29日

 この博物館に2つある石炭窯の内大きいほうの窯です。外回りの大きさは12,4m×6.6m、高さは6m程度、焚き口は両サイド併せて12箇所、国内でもかなり大きな窯と云ってよさそうです。焼きあげるのに12日かかっています。昭和32年に築かれました。火鉢が年産10万個時代の窯です。湯呑、茶碗を焼くためのものではありません。
 窯壁、天井に煤が見られますが、火鉢生産が縮小された後、乾燥室として使用されていたためその時の炙り焚きで着いたものだそうです。焼き上がった窯には本来は煤は付着していません。
 窯床には沢山の穴が開いています。この穴に両側から焚いた炎が対流するようにして吸い込まれていきます。2m程下に煙道があって煙突に通じています。
 うまく焼くことが出来るというよほどの自信がないとこうした大きな窯は築けないのではないでしょうか。志田には大きな瓶も焼けていましたので、大窯焼成の技術があったことは確かです。
 しかしです、それにしても大きいですね。熱は窯床の穴に均一に吸い込まれる必要があります。言い方を変えると、床下の構造が窯の性能を決定する一つの条件ともなります。窯床の面積が大きいほど均一に引かせるための工夫が必要となるはずです。
 私は、焼ムラの多い窯だったように思えてなりません。歩留まりはどれくらいだったのでしょうか。聞き取り調査によりますとあまり「調子」がよくなかったとのことです。
 現在のガス窯と比べると感慨深いものがあります。
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春と秋の まつり には喫茶店、音楽演奏会場となります。
文責 志田焼の里博物館 青木
# by shidayaki | 2012-07-29 12:10

平成24年7月28日

夏休みに入りました。早速市内の児童クラブの面々が弁当持参で絵付け体験にやってまいりました。暑さも、ものともせずに皆さん元気です。
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# by shidayaki | 2012-07-28 13:33

平成24年7月23日

先日、市内小学校の親子行事が当館で行われました。
絵付け体験、館内見学が終わった後に、ピザ体験がありました。
お母さんたちが準備した材料で銘々がトッピングをしていきます。
ピザは焼き物を焼く0.5㎥のガス窯で焼きます。
それはそれはおいしく焼き上がります。楽しい半日を過ごして頂きました。
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絵付け体験、博物館見学、ピザ体験の3セットが人気があります。
# by shidayaki | 2012-07-23 16:36

平成24年6月29日

当館に展示されている口径45㎝の皿を解釈してみます。

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 鯉の絵柄に菊型の文様を帯状に縁どりしています。ダミの濃淡は4種類程度。線は細くスムースに引かれておりかなり手慣れた絵描人のものと推定されます。ダミも乱れはなく濃淡の使い方が適確で奥行きのある絵柄に仕上がっています。
 縁どりは志田の場合あまり手の込んだものはありません。この作品はかなり手の込んだ部類に入ります。
 焼き方はやや還元のかけかたが弱かったようで白味が若干足りないように感じられます。また、温度もやや低めといったところでしょうか。
 余白部分にはゴマ粒大の「降りもの」が目につきます。更にはよく見ると薄く黄色い1mm程度の斑点が無数にある事が分かります。是は、薪をくべる際に灰が舞い上がり降ってきたもので、薪窯の宿命と云っていいでしょう。当時は「ボシ」(製品を入れて焼くための容器)とかはありませんでした。現在のガス窯には灰の降りものは全くありません。もう少し温度を上げてやるとあまり目立たなくはなります。
 年代は明治4年から20年の間に出来たものと推定されます。4年という意味は、コバルトを使用した「明治4歳」という銘入りの型紙摺り染付皿(嬉野市指定文化財)があるからです。20年については数多くある明治期、窯跡の物原の状況から判断したものです。明治初期の「志田は皿のみを作り敢えて他物を製せず」と記録された状況は20年頃までのようです。

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 底の落ち込みを防ぐための針跡が九つあります。志田の製の中では比較的整然と並んでいる方でしょう。
 右端や左斜め下、高台内にはコバルトの汚れが見えます。手に付いていた絵具が皿を持った際に製品に付着してしまったもので、はっきりとした指の跡まであらわれています。コバルトの発色は強力でほんのわずかの付着でもはっきりと色が出てしまいます。普通は拭き取るのですがそのまま釉をかけて焼いてしまう場合があったようです。

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 写真中央部右寄りの縁に下から上に向かって一筋の白い線が現れています。これは表側に白い化粧土を掛けた時に裏側の方に流れてきてできた筋です。白磁に白化粧を施すという技法は一般的には考えも及ばないような方法なのですが(少なくとも私にとっては)、江戸期からこれは行われておりました。一升以上入るような徳利には刷毛目をしている物もあります。また、1800年代初期の湯呑にも刷毛目をしたものが見つかっています。
 白化粧をした理由は、生地の発色があまり白くなっかったからと考えられますが、かなり白い生地にもやってますね。どうやら天草石は泉山石よりも品質が劣ると云った意識が根っこにあったように思えてなりません。天草が泉山に劣らず品質が良いと云われるようになったのは明治後半以降のことと思われます。
 この白化粧のある事が志田焼の証となります。
                           文責 志田焼の里博物館 青木 
# by shidayaki | 2012-06-21 16:36

平成24年4月21日

志田地区の窯業遺跡の中でも珍しいものをご紹介いたします。西山の「水神さん」にある天草石製の水神石碑です。文化11年に建てられたもので嬉野市の指定文化財に指定されています。
天草石は磁器土の原料です。
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# by shidayaki | 2012-04-21 11:44